妊娠中の体重コントロール
2013年09月01日
長野中央病院 産婦人科 医師 井吹 ゆき
妊娠と体重の変化
妊娠期間およそ40週の間に女性の体は劇的な変化を遂げます。
たとえば、妊娠前100gに満たない子宮は、胎児や胎盤、羊水などを含んで、臨月にはおよそ5kgの重量にまで増大します。増えるのは子宮の重さだけでなく、全身の血流量は妊娠前に比べて30~50%増加するので、その分重くなります。また、妊娠中のホルモンの作用で皮下脂肪が付きやすくなり、乳腺も発達して重くなります。タンパク質の貯蔵量も増加します。
これらを総合すると、妊娠中の生理的な体重増加はおよそ11.5kgといわれています。正期産(妊娠37週から41週の間の分娩)の単胎(1人の赤ちゃん)出生体重の目標を2500~4000gとすると、妊娠前に標準的な体格の女性の場合は、妊娠中の至適体重増加は10kg~12kgとみなされています。ここでいう、標準的な体格とは、非妊娠時のBMI値が18.5~25.0未満の体格です。
妊娠中の母体体重増加が多いほど児の出生体重が重くなる傾向があり、妊娠前のBMI値が低いほどこの傾向は強くなります。
つまり、妊娠前にやせていても、妊娠中にしっかり体重を増やすことで児の適正な出生体重を得ることができますが、妊娠中の母体の体重増加が少なすぎると児の体重も増えにくく、2500g未満の低出生体重児になる可能性もあります。
心配される出生体重の減少
近年、日本人の出生体重は減少し続けており、とうとう平均出生体重は3000gを下回ってしまいました。この傾向は先進国の中では日本だけです。
原因として生殖年齢である20~30代の女性のやせ指向、また実際のやせ体型の増加があげられます。20代ではBMI18.5未満のやせ体型女性は25.2%であり、4人に1人の高率です。
やせ体型女性では、妊娠前から栄養バランスに偏りがあることが多く、妊娠中も体重を増やしたくない傾向が強いため、妊娠中の体重増加が不十分になりがちです。妊娠中の体重増加が少なすぎると、低出生体重の他にも、神経系の奇形(二分脊椎、無脳児など)が増加するといわれます。
最近注目されているのは、胎児期成人病発生説です。胎児期の母体の低栄養状態が素因となり、胎児の血管系、膵臓、腎臓、心臓などの諸臓器が発育不全となり、出生後の環境因子と相まって、成人期に高血圧症、動脈硬化、糖尿病、腎臓病などが高率に発症すると報告されています。胎児期の素因がない成人と比べてより小さなストレスで、より早期に発症するとも言われています。
残念ながら、持って生まれたその体質は一生つきまとうものです。その児が女性の場合は、成長して妊娠した場合、妊娠糖尿病や妊娠高血圧症になりやすく、さらにその胎児の発育に影響を与えるという連鎖がおこりかねません。
楽しく正しく体重を増やしましょう
これまで日本では、「小さく産んで大きく育てる」ことがよいとされていましたが、低出生体重で生まれて成人病になりやすい体質を持った子どもに過度な栄養を与えることは、若年のうちから成人病の発症を助長することになる危険な傾向です。
産科でも、妊娠中に体重が増えすぎることによる合併症やデメリットが強調されていたため、妊婦指導においても体重増加を厳しく抑制する時代がありました。現在では、体重増加不足から生じる問題も知られるようになったため、過度な体重制限は避けられる傾向にあります。
また、女性にとって、体重増加をいちいち指摘されるのは、たとえ妊娠中でもストレスなものです。赤ちゃんの様子を知れて楽しみなはずの妊婦健診が体重測定でストレスになるのは、精神衛生上もよくありません。
当院では、妊娠前に標準体型の女性には、よほどのハイペースで体重増加傾向がない限り、体重制限の指導は行いません。かえって、体重増加が不足気味の妊婦には適正に増加させるような指導を行っています。ただし、妊娠前から肥満の女性には個別の指導が必要です。
妊娠中に体重が増えても、産後に規則正しい生活のもと、しっかり授乳して家事や育児に励めば、無理なダイエットをしなくてもちゃんと元の体型に戻るので心配いりません。自分の赤ちゃんとさらにその次の世代の将来の健康のためにも、妊娠中は楽しく正しく体重を増やしましょう。