戦争とこどもの発達
2022年06月01日
長野中央病院 小児科 後藤 隆之介
戦争により遅れるこどもの発達
ウクライナでの戦争のニュースが連日報道されていますが、戦争はこども達にどのような影響を及ぼすのでしょうか?
すぐに思い浮かぶのは、戦争による直接的な被害(怪我をする、など)ですが、長期的にはどうなのでしょうか。近年の研究では、戦争にさらされる期間が長ければ長いほど発達が遅く、※1(戦闘そのものによらない間接的な)死亡率が高い※2ことがわかっています。
戦争のように、こどもが幼児期にさらされる好ましくないイベントのことをまとめて「adverse childhood experiences (ACEs)」と呼び、小児科医を含めた小児の健康と保健に携わる人にとっては、ACEsへの暴露をいかに予防していくかが一つのテーマになっています。
保育園・幼稚園が促す健やかな発達
逆に、こどもが健やかに育っていくのを促すには、どのようなことが良いとされているのでしょうか?
こどもの発達にはさまざまな因子が関与しており、それらの影響の個人差も大きいため一概には言えませんが、一般的に良いとされているものの代表が幼児教育(early childhood education)です。これは日本では「保育園・幼稚園」にあたります。前述の戦地におけるこどもの発達の研究でも、幼児教育へのアクセスが遮断されることによって、戦争が発達を遅らせる可能性があることがわかっています。※1
科学的にも実証される幼児教育の重要性
幼児期から教育を受けることの大切さを表したのが、ノーベル経済学賞受賞者のジェームズ・ヘックマンが提唱している、「ヘックマン曲線」です。(Heckman 2008※3を著者和訳)
これは、教育への投資(経済学の言葉では「人的資本への投資」と言います)が、早ければ早いほど得られる効果が大きい、ということを表しており、長年の研究によって実証されてきています。
実際、幼児教育の効果を20年以上にわたりその人たちを追跡した研究では、幼児教育を受けた群では受けなかった群に比べ20代での収入が平均して25%程度高く※4、30代での生活習慣病(肥満、高血圧など)の割合が低い可能性※5が示されており、こどもが健やかに育つために幼児教育がいかに重要かがわかります。
参考文献
1.Goto R, Frodl T, Skokauskas N. Armed Conflict and Early Childhood Development in 12 Low- and Middle-Income Countries. Pediatrics. 2021-09-01 2021;148(3):e2021050332. doi:10.1542/peds.2021-050332
2.Wagner Z, Heft-Neal S, Bhutta ZA, Black RE, Burke M, Bendavid E. Armed conflict and child mortality in Africa: a geospatial analysis. Lancet. 09 2018;392(10150):857-865. doi:10.1016/S0140-6736(18)31437-5
3.Heckman JJ. The case for investing in disadvantaged young children. CESifo DICE Report. 2008;6(2):3-8.
4.Gertler P, Heckman J, Pinto R, et al. Labor market returns to an early childhood stimulation intervention in Jamaica. Science. 2014;344(6187):998-1001. 5.Campbell F, Conti G, Heckman JJ, et al. Early childhood investments substantially boost adult health. Science. 2014;343(6178):1478-1485.