腹部大動脈瘤へのステントグラフト治療
2008年10月01日
長野中央病院 心臓血管外科 医師 八巻 文貴
部大動脈瘤とは
心臓から血液を送り出している血管の、おなかにある部分を「腹部大動脈」と言います。肝臓に行く血管、腸に行く血管、左右腎臓に行く血管を分けた後におへその位置で二股に分岐し、鼠径部を通って両足に流れていきます。
腹部大動脈瘤は腎臓の血管の下でできることが多く、通常は痛くもかゆくもなく、吐き気も便秘もありません。大きくなるとおへその周囲で拍動する固まりを自覚することがありますが、多くは偶然に動脈瘤が見つかります。しかも大きさが直径4cmを越えた時点で破裂のリスクが高いとして手術を考えるのが一般的です。
従来の治療法は
拡大した動脈瘤が破裂するとお腹の中で大出血を起こしショック状態となり、破裂後に治療を行っても助からないことがあります。お薬では破裂を予防することはできませんので、従来は人工血管で動脈瘤を置換する手術治療が行われています。
この動脈瘤治療は、お腹を大きく切開して腸をかき分け、動脈瘤の内側で人工血管を縫合しなければなりません。当然のことながら傷が大きく、心臓、肺、腎臓、腸管などへのストレスが大きいために、高齢者、他に病気を持っている方には危険な手術になる可能性がありました。
ステントグラフト治療とは
これに対して新しい動脈瘤治療のステントグラフト治療とは、お腹を切らずに人工血管を動脈瘤の中に挿入しようという方法です。
ステントグラフトとは、人工血管に金属を編んだ金網を縫い合わせたものです。このステントグラフトは直径7㎜ほどのカテーテルの中にしまい込まれており、動脈瘤の中で解放することによって広がります。この結果、動脈の壁に直接血流が当たらなくなって、動脈瘤の破裂を予防することができます。
全身麻酔は必要ですが、傷は両方の鼠径部に約5cmの傷が付くだけです。手術自体の体へのストレスは小さいことから、高齢者、有病者の方にも比較的容易に行えますし手術後の回復も早いようです。
海外では5年ほど前から広く行われるようになり、日本では平成18年7月から使用が許可されるようになりましたが、使用できる施設、実施できる医師がきびしく制限され、簡単には使うことができませんでした。
当院は今年の7月に基準審査を通り、8月に2人の方にこの治療を無事に行うことができました。現在、長野県内では信州大学病院と当院が認定を受けています。
患者さんとともに最良の治療を選択
しかし、腹部大動脈瘤の治療がすべてこの治療に代わってしまうわけではありません。
手術前の十分な検討、計測を行い、動脈瘤の位置、形態、動脈硬化の程度を判定した結果、ステントグラフト治療にむかないと判断される方もいらっしゃいます。
また、金属のステントが入るためにMRI検査は受けられなくなるという不利な点もあります。
さらに、従来の治療に比べ、この治療は始まったばかりのため、長期間の信頼性では従来の治療より不確実です。
とはいえ、患者さんとしては、傷も小さく、痛みも少なく、回復も早いという治療の選択肢が広がります。新しい治療というのは大きな利点がある代わりに、歴史がない分これから評価を積み重ねていかなければなりません。
従来の開腹手術を行うのか、それとも新しいステントグラフト治療を行うのか、どちらにも良い点、悪い点があることを十分に患者さんと相談した上で、一人ひとりにとっての一番良い治療を選択していきたいと思います。